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[chapter3]
窓の外に見える色は青い。木々の緑を覆うかのように青い。
肩まで垂れた二つ結びの髪を指先でほぐしながら、七瀬優衣花は何気なく澄んだ青色を見つめた。雲は薄っぺらく流れていて、今にもなくなってしまいそうだった。
「どうしたの、そんな寂しそうな顔しちゃって。学年一の美少女なんだから寂しくないんじゃないの?」
毛先を尖らせた明るめのショートヘアで優衣花の前に現れたのは、優衣花の古くからの友人である一駒紗奈枝だった。
「やめてよ、柄でもないよ…」
優衣花は俯き様に言い、その場にうずくまった。
清門高校には生徒会が代々行ってきている美少女コンテストがある。
誰が言い出しっぺで何のために行っているかは全く明かされず未だに不明ではあるが、生徒会から投票箱が設置され、そこに男子生徒の意見を入れていくという地味な仕組みだ。
年に一回行われ、結果もポスターに書いて貼り出すのだが、表彰された上位の女子生徒に景品などを贈ったりは特にしない。
生徒に損も得もそれほどない企画なので、生徒会の自己満足だろうと教員達は踏んできた。
優衣花の名はその今年の一位を飾っていた。貼紙の理由欄には、『妹のような君に惚れた。愛してる。結婚しよう。』と告白じみた意見が書いてあった。内容からすると優衣花より年上の、二、三年が出したものだろう。
しゃがみ込む優衣花を見て、紗奈枝はベランダの手摺に背中を預けた。
「なぁに、また考えてたの?」
優衣花は腕の中に顔を埋めた。
「一緒に来ちゃったんだなって思って。」
「ほとんどエスカレーターみたいなものよ。メンツが変わるなんて滅多にないじゃない。」
さらっと言いながら隣に座ると、紗奈枝は右手を優衣花の頭に乗せて続けた。
「思った事は実行した方が得なのよ。」
紗奈枝の手が頭を撫でる感覚を脳内に染み込ませ、優衣花はそっと目を閉じた。
「…うん。」
「優衣花ちゃん、なんかお客さんだよ。」
窓の枠から男子生徒が顔を出して言った。金色に染められた短髪は前髪だけピンで器用に留められている。
「あれ?いない?」
男子生徒、沢村敬太は丸い目を右往左往させているが真下にしゃがみ込む優衣花を捕らえる事が出来ていなかった。
「ここよ。」
見兼ねた紗奈枝がその場で立って言う。紗奈枝が立つと、それまで下を向いていた敬太の目線がやや上に向けられた。
「わっ、一駒もいたの?なら早く返事してくれたっていいじゃん。」
「ごめんごめん。で、何だって?」
短髪をくしゃくしゃっと掻きながら面倒臭そうに敬太はもう一度告げた。
「優衣花ちゃんにお客さん。なんか先輩っぽいよ。」
紗奈枝は敬太の面倒臭そうな表情が次第に困惑の表情に変わっていっているように思えた。
「あんまり行く事をオススメしないけど…、優衣花ちゃんどうしようか?」
「ん…、あれ?沢村君。」
話し声に反応して立ち上がった優衣花がキョトンとした顔で敬太を見た。
「あ…優衣花ちゃんに話があるって人が来てるんだけど、知ってる人?」
敬太が廊下を見た。続いて優衣花と紗奈枝も見た。
見つけた先には、廊下でドアに寄り掛かってチラチラとこちらを窺っている不審な男子生徒がいた。背は高く、髪を茶色に染めている。耳に光る金属も幾つか見つけられた。
敬太と紗奈枝は苦い顔をした。優衣花はキョトンとした顔のまま首を傾げて言った。
「ううん、知らない人。」
「やっぱり…」
敬太が他人に聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟いたと同時に優衣花が教室に足を踏み入れて言った。
「先生とか生徒会とかだったら困るから行ってくるね。沢村君ありがとう。」
敬太に優しく微笑むと、優衣花は廊下に出て行った。
廊下で待っていた男子生徒は寄り掛かっていたドアから背中を離し、優衣花に微笑むと上を指差し、優衣花を連れて歩いて去って行った。
「オレ、おかしいって睨んでたんだけど…」
男子生徒と優衣花が去って行った方向からそらさずに敬太は目を細めて言った。
「何を。」
紗奈枝も敬太を見ずに言った。
「勘違いだったのかな…。」
敬太の顔が俯いた。
清瀬正吾は机に突っ伏せながらその一連の様子を聞いていた。そして一言呟いた。美人薄命、と。
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