[chapter2]
「間に合った…!」
勢いよくドアを開く。
集まる視線。全員が全員、着席をして静かにしている。いつもなら着席は愚か、喧しく騒いでいるはずなのに。
そう思って着席をしようとすると、教卓に担任の教師がいる事にようやく気付いた。
「藤田。新堂。遅刻。」
「あーんもう。誰よ、目覚まし止めたの。」
藤田まりねは、常に皆勤賞を狙って無遅刻無欠席を心掛けていた。今日で野望が朽ち果ててしまったその表情には、悔しさが溢れていた。
「新堂。片割れはまたサボりか?」
「そうよ!それだわ!」
まりねは教師の言葉に過敏に反応すると、席に着こうとする新堂伊紗に向かって叫んだ。
「あいつが犯人よ!」
「は?」
「とっちめてやるわ!」
まりねは廊下に向かって走り出した。その勢いに椅子が慌ただしい音を立てて倒れた。
しかし廊下まであと一歩というところで、急に首が苦しくなった。
「藤田。痴話喧嘩は家でやれ。」
教師がまりねの首根っこを掴み、言った。
「何よ、あたしにとっては学期末テストより大問題なのよ。」
頬を膨らませ、まりねは渋々席に着いた。「帰ったらタダじゃ済まさないんだから…」と独り言を言いながら口を尖がらせていた。
そのまりねの様子を眺め、伊紗は誰にも気付かれないように溜め息を吐いた。
伊紗には双子の兄、干紗がいる。風貌も顔形も瓜二つで、幼い頃から一緒に行動してきたまりねでさえもここ数年でようやく区別がつくようになった程だった。
間違われる事にはお互い特に気には止めていないが、伊紗はそれをいい事に、入学当時からある方法を企て実行していた。
その新堂兄妹とまりねは、幼い頃から施設で育ってきた。現在も施設で設けられた一軒家で共に暮らしている。
伊紗と干紗は物心つく前に母親に捨てられ父親に預けられたものの、父親は病弱で半年で他界してしまった。
まりねは家族で旅行中に交通事故に遭い、全員を失った。奇跡的にまりねは母親に抱えられ、掠り傷ですんでいた。
お互いに引き取り先は見つからなかった身だったために施設暮らしになったが、当の本人たちはものともせず過ごしている。それは彼等にとって彼等自身が家族と同類の感情を抱いているに変わりないからだ。
まりねを席に落ち着かせると、教師は呆れた顔で伊紗に訴えた。
「新堂。片割れに言っておけ。『高校は義務教育じゃないから気を付けろ』ってな。」
伊紗も呆れた顔をした。
「言っておきます。」
「お、もうこんな時間か。」
教師が右腕に嵌めた腕時計を見ると、タイミングよくチャイムが教室内に鳴り響いた。
途端に教室に喧しさが戻る。
それを避けるかのように、教師は足早に退室していった。
「残念だったわね、まりね。」
まりねが頬を膨らませたまま頬杖をついていると、前方から声がしたと共に香しい匂いが漂ってきた。
「せっかくここまで頑張ってたのに。」
前の席に座っていた福巳梨瀬は淡い茶色の長髪を揺らし、振り向きざまに言った。
この学校では授業を一度も休まず皆勤賞をとると、学期末の全校集会で表彰されるだけでなく、賞品がもらえる仕組みになっている。
賞品の内容は与えられた者にしか分からず、一度賞品になったものは二度と賞品として並ばない。
大抵なら文具で済まされるはずの賞品だが、清門高校の職員は幾年前から、皆勤賞として毎年豪華な賞品を生徒にあげる事にすれば出席率もあがるだろうと大胆に予測したのだ。
考案が公開されてからは案の定出席率があがり、皆勤賞を狙う生徒が後を絶たないようになった。しかし生徒の中にはやはり三日坊主だったり、どう足掻いても定刻に学校に来ない者もいた。
例えるならば、豪華賞品に釣られた者がまりね、三日坊主だった者が伊紗、どう足掻いても定刻に来ない者は干紗といったところだろう。
「どうせ今年の賞品は大した事ないよ。大丈夫、大丈夫。」
伊紗が寄ってきて、自分も慰めるように言った。
「このために学校に来てたと言っても過言ではない私から皆勤賞の座を奪った罪は重いわよ。」
まりねは早口にそう言うと、更に頬を膨らませた。その言葉に溜め息を吐き、梨瀬は面倒臭そうに呟いた。
「あたしには皆勤賞だなんて狙おうとするあんたがすごいと思うけど。豪華豪華って、言葉だけでしょ。」
「甘い!甘いわ!」
途端に敏感に反応したまりねが、梨瀬を指差す。梨瀬はその指を目前から退かして呆れた顔をした。
「去年の賞品、何だったか知ってる?」
まりねは勝ち誇ったような顔を見せて続けた。
「ナショナル空気清浄機よ!」
「別に欲しいとも思わないんだけど。」
まりねは梨瀬の返答も気にせず更に続けた。
「豪華なんてお値打ちだけでいらんもんもらったって価値がな」
「一昨年はブタの長財布!」
「プラダ。」
「プラダ?!何それ、そんなものまで賞品として配ってるわけ?」
「何。梨瀬、ブタが好きなの?好みは外見そのままね。」
「ッ…それって、皆勤賞とった人全員にもれなく?」
「そういう事。」
「もっと早く気付くべきだったわ。」
「ドンマイ!でも今年はマトンだったかもしれなかったわね。」
「ヴィトン。」
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