[chapter15]

チャイムが鳴る。授業の終わりを告げる鐘の音に、校内に賑わいが戻る。その中の1年D組もまた、賑わっていた。
教室のドアが開き、担任の長谷川が入ってきても、賑やかな声は止まなかった。
長谷川はそんな生徒達を見ると、一呼吸して言った。

「ちょっと静かにしろ。今学期の日程表配るから、誰か手伝ってくれ。」

長谷川が言い終わると同時に途端に静かになる教室内。彼の言葉に誰も反応を見せず、生徒達はただ黙っている。

「プリント配るだけだろ、どこまで面倒臭がりなんだ?お前らは。誰か報酬なしでもやってくれるような心優しい奴はいないのか。」

妙な一体感を見せる生徒達に呆れながら、長谷川は嘆いた。
いつもなら進んでやってくれる優衣花は今日はあんなだしな、と長谷川は溜め息を吐く。視線の先にいた優衣花は、机に突っ伏したままだった。泣いている様子はなさそうで、少し安堵した。
長谷川は目の前のプリントの山に目を置き、また一呼吸してから適当に名前を呼んだ。

「清瀬、高宮。配ってくれ。」

いきなり名前を呼ばれ、れんが肩をびくつかせた。長谷川がれんを見、「頼む」と一言言うと、れんは若干おどおどしながら席を離れた。
後方で誰かが威勢のいい声で「よっ、さすが!格好いい!」と言った。
続いて正吾がそれまで読んでいた小振りな本をたたみ、腰を浮かす。すると正吾の腕に手が置かれた。
挂だった。

「俺が行く。」

そう言うと挂は席を立ち、長谷川とれんの立つ教卓に向かった。
そんな様子を眺め、挂の隣席でひとり、敬太は口を開けたままでいた。

「挂、どうしちゃったの?」

丸くした目を挂から離さず、正吾に聞く。

「さぁ。いいんじゃないの?」

と、席に座り直して再び本を読み始めた正吾が言った。
ポカーンとする敬太の後ろでは干紗が鞄を枕にして寝ていた。
長谷川もまた、指名した生徒ではない生徒が来た事に驚きを見せていた。

「館崎、どうした?お前が進んでやってくれるなんて。」

「別に。」

挂は長谷川の声掛けに即答し、教卓の上に積まれたプリントの束に手を伸ばした。
自分の隣で転校生のれんが、まだ馴染めない空気に堅くなっているのが見えた。
挂は適当にプリントを取ると、おどおどが抜けていない様子のれんを見上げた。

「はい。」

手にしたプリントを差し出す。挂の握ったプリントの先には、れんがいる。

「えっ…?」

急な振りにまたも肩をびくつかせ、れんの声はうわずった。
戸惑って動かないれんに、挂は差し出したプリントのやり場もなくなり、空いた左手でれんの左手を掴み、差し出したプリントを握らせた。掴んだその手は細く、頼り無い指だった。
挂は目を静かに細くし、目の前の相手を見上げて最小限のボリュームでそっと囁いた。

「れん、向こう側配って?」

語尾が柔らかくあがる。
挂の目の前の相手は目を丸くして頬を染めた。思わずプリントを握り締めている事に本人は気付いていなく、挂はその様子に口元を緩ませた。
そして残りのプリントを手に取り、何事もなかったかのように配り始めた。
れんは、何事もなかったかのように配り始めた挂ではなく、自分の手元を恥ずかしげに見ながらプリントを配っていった。
途中で自分の鼓動がやけに速い事に気付き、数の数え間違えをしたりもした。れんが廊下側の列に配ったプリントにはしわが入っていた。
既に配り終わった挂が席に着く。敬太が自分を見つめている事に気付き、でこピンをした。

「痛っ。」

「何?俺の事好きなの?気持ち悪い。」

「うわ、気持ち悪いって言われた。てかさすがにオレ、ホモじゃないから。」

「『さすがに』って所が引っ掛かるけどね。」

額を押さえる敬太の発言に突っ込みを入れる正吾。その隣席では相変わらず微動だにしない干紗。片肘をつきながら挂は、敬太の後ろに映る転校生に目をやった。
転入生の視線は机上の鞄から離れなかった。

「―――それじゃ、各自気をつけて帰るように。」

長谷川のこの一言で、いつも1年D組の生徒は一斉に散らばる。賑やかな声に包まれていた教室に静けさが訪れるのも早いものだった。
次々と教室を後にする生徒達の中、今日は珍しいメンバーがまだ残っている事に長谷川が気付く。



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