[chapter13]

「新堂からか…」

長谷川は少し申し訳無さそうな顔をした。
干紗はそんな長谷川には構わず歩を進め、横木と優衣花との間に空いた椅子を少し引いて座った。やる気の無さそうな、面倒臭そうな座り方だった。
左隣りの横木は干紗を見るや否や、眉間に皺を寄せ、舌打ちをした。ヤクザがガンを飛ばすように干紗を見ては貧乏揺すりを始めた。
右隣りの優衣花は、横木の舌打ちを耳にすると驚き、俯いたまま、干紗のシャツの裾を軽く握った。握る手は小刻みに震えていた。
干紗はどちらの反応にも困り果て、横木の舌打ちも優衣花の手も、まとめて無視する事にした。

「横木、そういう事が反感をかうんだぞ。」

長谷川が溜め息をついて言うと、横木も溜め息をついて言った。

「さっさと終わらせてくれよ。こいつらグルだったんだからさ。」

優衣花の震えが増した。
横木の指摘を受け、長谷川が優衣花と干紗を交互に見た。

「新堂。お前は…」

「こいつが勝手に来た。」

優衣花が咄嗟に顔をあげた。

「寝てたけど、煩かったから。」

横木の眉間の皺が、干紗の視野からも確認出来た。

「ち…」

「不可抗力だ。」

優衣花の見え透ける言葉を遮り、干紗は長谷川を確認した。長谷川は真剣な面持ちだった。

「ふざけんな!」

左隣りで横木が喚く。大音量で叫んだため、干紗の左耳が耳鳴りを訴えた。優衣花は右隣りで縮こまるように怯えていた。

「女の前だからって格好つけてんじゃねぇよ糞餓鬼!それで勝ったつもりか?お前につけられた消えねぇ傷がきっちりあんだよ、こ・こ・に・!どう落とし前つける気だ?ああ?!」

典型的な馬鹿だ、と干紗は罵られながらも冷静に思った。
優衣花の涙が床に落ちる音が聞こえる事もなく、横木の罵声は途絶えなかった。
長谷川は席を立ち、横木を宥め、退室をさせた。
残された干紗と優衣花は椅子に座ったままでいた。お互いに一言も交わさずに、座っている。
ただ先程と違うのは、優衣花の啜り泣く声が聞こえる事だった。干紗の位置からは、優衣花の涙の形跡が窺えた。

「新堂…」

戻ってきた長谷川はもう一度席に着き、呟いたと同時に、優衣花がくしゃくしゃになりながら口を開いた。

「先生、新堂く、違っ、のっ…」

過呼吸のように詰まりながら話す優衣花を慰めるように、長谷川は顔をゆるめた。

「無理するな。俺はわかってたんだ、七瀬。横木が出鱈目を言っていた事も、新堂がお前を庇った事もな。」

また少し申し訳無さそうな顔をして長谷川が言った。
だったらどうしてわざわざ呼んでまで、と干紗は溜め息を吐いた。優衣花の涙の形跡は増える一方だった。

「俺だけの偏見で独断するわけにはいかないんだ。すまん、新堂。」

「いや…」

申し訳無さそうな長谷川に、干紗は適当に返事をした。

「今回の事は俺がきっちりケリをつけておく。お前らはもう心配するな。新堂も加害者とは言え、理由もなしに人に手を出すような奴じゃない。俺はそう信じているからな。」

そう言うと長谷川は席を立ち、二人に背を向けて歩き出した。

「あ、新堂。」

少し離れた背後から自分を呼ばれ、干紗は振り返る事なく目線だけを横にした。

「七瀬を教室まで連れてってやってくれ。また途中でどんな事があるかわからんからな。」

軽く笑いながら冗談めかしく言う長谷川に、干紗はまだ振り返らず、面倒臭いなとだけ思った。
長谷川が部屋を後にすると、隣で啜り泣いていた優衣花が口を開いた。

「ごめんね、新堂君。巻き込んじゃって…」

干紗は目を細めた。

「やめてくれ、煩わしい。そういうのは俺には向いてない。」

干紗の反応に優衣花はそれ以上何も言わずに目をこすった。

「…じゃあ、行くね。」

真っ赤な目を少し無理に細くして優衣花は席を立った。
干紗がそれに続くと、優衣花は一瞬目を丸くし、また微笑んで、ありがとう、と言った。
干紗はその笑顔を見ても何も言わずにいた。



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